2021. Oct
薬学部 生命薬学講座 生物化学研究室
「N-(4-hydroxyphenyl)retinamide (4-HPR) は新型コロナウイルス SARS-CoV-2 感染を抑制する」
N-(4-Hydroxyphenyl) retinamide suppresses SARS-CoV-2 spikeprotein-mediated cell-cell fusion by a dihydroceramide Δ4-desaturase1-independent mechanism.
Y Hayashia, K Tsuchiya, M Yamamoto, YNemoto-Sasaki, K Tanigawa, K Hama, Y Ueda, T Tanikawa, J Gohda, K Maedae, JInoue, A Yamashitaa
Journal of Virology
2021 Aug 10;95(17):e0080721. doi:10.1128/JVI.00807-21.
中国湖北省の武漢で発生した重症急性呼吸器症候群コロナウイルス 2(SARS-CoV-2)はパンデミックを引き起こし、2021 年 10 月までに、世界中で 2.4 億人以上が感染し、480 万人以上が死亡している。スフィンゴ脂質およびスフィンゴ脂質代謝酵素は、様々なウイルスのライフサイクルに関与することが知られている。しかしながら、SARS-CoV-2 感染に関わるスフィンゴ脂質は不明であった。そこで、SARS-CoV-2感染におけるスフィンゴ脂質の機能を明らかにすることを目的とし研究を行った。
ウイルスと宿主細胞の膜融合を安全かつ迅速に測定できる細胞膜融合アッセイを用いて SARS-CoV-2 のスパイクタンパク質を介した膜融合を抑制するスフィンゴ脂質代謝酵素の阻害剤を調べた。その結果、ジヒドロセラミドデサチュラーゼ (DES1) の阻害剤である4-HPR で処理した細胞において細胞膜融合が抑制した。さらに、4-HPR は膜融合のみならず 臨床分離した SARS-CoV-2 感染も抑制することが分かった。また、4-HPR で処理した細胞ではDES1の基質であるジヒドロセラミド骨格を持つ脂質量が増加した。しかしながら、DES1のノックアウト細胞では膜融合の効率が野生型の細胞と比べて同等であったことから、4-HPRのSARS-CoV-2感染の抑制はジヒドロセラミド骨格を持つ脂質量の増加とは非依存的な機構である。興味深いことに、4-HPR処理した細胞では細胞膜の流動性が低下することが分かり、膜の流動性の低下がSARS-CoV-2感染の抑制に関わっているのではないかと考えている。
4-HPRは抗ガン剤としての臨床研究が進んでおり、肺癌などの臨床データおよび安全性のデータが蓄積されており、抗 SARS-CoV-2 剤として早急な実用化が期待できる。また、私たちが発見した抗SARS-CoV-2感染作用のみならず、他の研究グループらにより4-HPRはCOVID-19におけるARDSのサイトカインストームを抑制する機能を持つことが示唆されている(Orienti et al. Int J Mol Sci, 2020)。これより、4HPRは抗ウイルス剤そしてサイトカインストーム抑制剤としてCOVID-19 重症化治療への適応が期待できる。
最後になりますが、本研究は、私がアメリカ国立衛生研究所に留学していた際の研究室の同僚である前田博士、土屋博士の3人で開始した研究です。出会いから10年以上たちますが、変わらぬ友情に感謝いたします。
文責:林 康広
(2021.10.19)